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2015年6月17日 (水)

【まさゆ記】 ~気合と根性は必要か?~

『気合と根性があれば、どうにかなる』
と、僕は思わない。

我武者羅應援團なんて
気合と根性でやっているんじゃないの?
というツッコミが聞こえてくるようだけど、
確かに我武者羅應援團をはじめた当初は、
それこそ気合と根性さえあれば、
なんとでもなると思っていた。

だから團員たちにも、
「気合入れろ」「根性見せろ」
的なことを言っていたと思う。

しかしながら、
僕が「気合」とか「根性」と口に出すと、
皆、その一瞬だけは頑張るのだが、
すぐにその熱は冷め、
全体を通してのパフォーマンスが一向に上がらない。
そんな状態が続いた。

「気合と根性が足りないんだ」

僕はそう思い、
さらに激しく「気合」と「根性」を求めた。

でも求めれば求めるほど、
團員達の士気は下がっていく。

うるさそうにしたり
目に見えてやる気をなくしていく人もいた。

何がいけないのか?

そう悩んでいる時、
ある学校に応援に行く機会があり、
そこで全国でも上位に入る運動部のコーチの方に
お話を聞く機会があった。

するとこんな話をしてくれた。
「気合をいれろって選手に言ったって、
入れ方が分からなければ意味がないんですよ。
どうやったら、自分に気合が入るのか
そのプロセスを理解して、
ちゃんとトレーニングしないといけないんです」

つまり、
気合と根性という武器を
ただ團員達に渡しても、
使い方が分からなければ
気合も根性もその力を発揮しない。

気合も根性も、
精神論ではなく、ちゃんとした技術。

まさに、目からウロコだった。

そしてその日から
試行錯誤を繰り返してたどり着いた、鍵。

それが「言語化」だ。

今、自分は何を感じていて
今、自分のどこが課題で
今、自分の何を改善していて
今、自分は何を目指していて

そしてそもそも、
なんのために、やるのか?

ただ漠然と努力をするのではなく、
ひとつひとつの行動に
ちゃんと意味をつけること。
それを言葉にすること。

その過程(技術)が、
気合と根性を発動させるためには必要なのだ。

すると同じように練習するのでも
ぜんぜん熱のこもり方が違う。
そして何より情熱の持続性が違う。

なぜその練習が今の自分に必要なのか。
自分の言葉でしっかりと落としこめているので、
途中で怠けそうになったときに、
その言葉が頭をよぎる。

「前回の応援で、
見せ場である応援歌の動きが乱れたのが悔しかった。
だから次の演舞で團員のシンクロ率が上げたい。
だからあと50回、この動きをやろう。
だって昨日よりも成長することが、
この團に入った意味だから」

そうやって頭の中で言葉を思い出し、
それを行動に変えた時、

初めてその行動に気合が宿る。

その踏ん張っている様に
根性が根を張る。

それが、
本当の意味での
「気合と根性」
なのだと僕は思う。

気合と根性は必要だけど、
それの使い方を身につけることが必要なのだ。

だから僕はこう言いたい。
『気合と根性を正しく理解し、
自分の技術として磨きをかければ、どうにかなる』

我武者羅應援團 総監督 武藤正幸


Masayuki150617

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